トレーニングの存在意義

トレーニング

男性なら誰しも強い身体、大きい身体に憧れるであろう。

私も幼少期にテレビで観たアーノルド・シュワルツェネッガーの大胸筋や、カール・ウェザーズの上腕二頭筋に目を奪われ(この時は筋肉の名称など知る由もなかったが)、幼心に「漢とはこうあるべきだ」と脳裏に焼き付けられた記憶がある。

しかし、あの時は唯々テレビの中のアクションヒーローに憧れるだけであり、それは何か別の世界の住人のように思えて、あの筋骨隆々な身体が欲しいとは微塵も思わなかった。


月日は流れ、小、中、高、大学とバスケットボールに熱中し、学校のトレーニングルームで学生レベル程度のトレーニング(アジリティートレーニング)をし、仲間と共に身体を鍛えた。
社会人になってもバスケットボールは続け、アマチュアレベルだが、全国大会に出場した。
このまま「オヤジになってもバスケットボールは続けていくんだろうな」と心の何処かで思っていた。

しかし、現実はそうではなかった。

日々の仕事のストレスか、私の元々の性分か、神様の試練か、ある日突然、普通に生活ができなくなった。
閉鎖的な空間が息苦しくて、乗り物に乗れなくなり、具合が悪くなったらどうしようと、美容院で髪の毛を切っている途中に退店した。

原因は「パニック障害(不安障害)」だった。

こうなるとバスケットボールどころではなかった。
人混みや外の世界が怖くて、家に引き篭もった。
私の将来はどうなるのか、一生このままなのか、仕事は、生活は、押し寄せる不安の嵐で一睡も出来なくなった。

そんな時、本当に偶然なのだがテレビでパニック障害の治療法や、発作時の対応、病気への対処などが放送されていた。
私は一言一句聴き逃すまいと、テレビにかじりついて観ていた。
中でも心に残ったものは、精神障害は、薬やカウンセリングも大事だが、まずは運動をする事。
運動をする事で、身体を動かす爽快感から自律神経が整い、気分が前向きになると。
まさに晴天の霹靂、自らに「疑う前に行動だ!」と言い聞かせ、家の中で出来る運動とは何かを考えた。
それが筋力トレーニング(以下トレーニング)との出会いだった。

インターネットで家で出来るトレーニングを調べ(腕立てやスクワットなどリハビリ的要素が強かった)、もっと専門的なことが知りたいと、マッスルアンドフィットネスを発作覚悟で本屋さんに買いに行った。

知識が付いてくると根が欲張りな私は、家でのトレーニングに物足らなさを感じ近所の公園で、夜な夜な(昼間は親子連れが大挙している公園なので)人目を忍んでトレーニングをした。
走って公園まで行き、ジャングルジムで腕立て、ブランコの柵でジャンプトレーニング、鉄棒で懸垂などをした。
汗をかき、心拍数が上がり、呼吸が苦しい、これがとにかく楽しかった。
たったこれだけの事で世界が無限に広がった気がした。

病気になって唯一神様に感謝すべき点は(トレーニングに出会えた以外で)、今までは気にも留めず素通りしていた沢山の出来事が、病気になった事で感受フィルターが一新され、全てが新鮮になり、小さな事に喜びを感じ、感謝の心が生まれた。
試練をありがとう神様。


話を戻す。
あの生き甲斐であったミッドナイトパークトレーニングは開始から一ヶ月後、呆気なく終了する事となる。
理由は近隣住民による通報だったのだが、ニメートル近い上裸の男が、汗だくで呻きながら懸垂をしていたら、至極当然の事、私でも通報をするだろう。

斯くして居場所がなくなった私は妖怪公園トレーニング男からトレーニングジム入り浸り男へと進化する事となる。

私が入会したのは今流行りのニ十四時間営業ジム。
家から近いという理由だけで入会した。

さぁ華々しいジムライフが始まるぞと思いきや、さすがはパニック障害様、トレーニング中にも関わらず度々発作を起こしてくれて、トイレで倒れたりもした…

しかし、今回はめげなかった。
負けなかった。

次の日も、またその次の日も発作が起きるかもしれないと思いながら足繁くジムに通った。
今思えば本能的に心の何処かで、これを辞めたら一生家から出れなくなる、外の世界との唯一の繋がりが途切れてしまうと自覚していたのかもしれない。
そして、幼い頃テレビで観ていたハリウッドスターのような素晴らしい肉体になれるのではないかという淡い期待が、ジムに向かう原動力となっていた。

今でももちろんトレーニングへの情熱は溢れまくっているのだが、あの時のバイタリティは我ながら凄まじいものがあった。
一日ニ回のトレーニング、参考書やYouTubeでトレーニング動画を見て学び、科学雑誌や医学書、研究所の論文にまで手を出した。
有効性がありそうなアクセサリーは一通り試し(ステロイドは試していません笑)、食事も、今まで通り好きなものを好きな時間に食べるのではなく、内容を精査し、摂取時間や栄養バランスを考えた。

そして月日は流れ、発作もあまり出なくなりジム通いにも慣れていった。

トレーニー同士の輪も広がり、トレーニング方法や、プロボディービルダーの話、時には病気の相談など、他愛もない話をして徐々に社会復帰をしていった。
病気後初めて、電車に乗れた時(中野坂上駅から新宿駅のたったニ駅だが)、丸の内線のホームで流した涙は一生涯忘れない。

現代社会で生きていく事は、予期せぬ事態に陥り、現実に打ちのめされ、全てが嫌になることもあるだろう。
しかし何かに夢中になると、問題など忘れて無我夢中に、前向きに、自分の理想に向かって突き進むことが出来る。

私はトレーニングに出会った。
病気で真っ暗闇になったこの世界にポツンと輝いた希望の光。

コンペティションで入賞する、女性にモテたい、カッコいい父親・母親でいたい、健康のため、なんとなく。

私にとってトレーニングは、単に身体を鍛える行為ではなく、心を整え、明日への糧を産み出してくれる、この現代社会を生き抜くための最強ツールなのだ。


Profile

フィットネスモデル/トレーナー
KEI BOND

Instagram:bond.fitness

トレーニングに出会い「パニック障害(不安障害)」を克服。
トレーニングの存在意義を見出した。

 

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